モバイルの風を起こすのはだれ ― FON、iPhone、イー・モバイル
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どれほどユニークなプロジェクトであっても、市場の動向や投入タイミング次第で将来性が違ってくるものだ。そうしみじみ実感するのが FON である。
FON とは2004年にスペインでスタートした公衆無線LANサービスの一つだ。日本での知名度は現状ではいまひとつだが、海外ではまずまず成功を収めているといっていいだろう。世界での実績を見ると、アクセスポイントは約4万、会員数が約19万となっている。出資者にはグーグルやスカイプの名前も挙がっている。公衆無線LANのサービスを使えば、どこでも検索やスカイプ(インターネット電話)が利用できるので、両社が出資するのも当然ではあろう。
その FON が昨年(2006年)末、日本市場に参入してきたのである。日本では2万から3万のアクセスポイントを目標にサービスを提供すると発表している。つい最近もISAOと提携した。ISAOはCSK系列のISP(インターネットサービスプロバイダー)で、名称は設立者の大川功氏(故人)にちなむ。これでISAOの契約者も FON が利用できるようになったわけだ。
もっとも、これまで日本市場に公衆無線LANのサービスがなかったわけではない。ISPやライブドア、パソコン周辺機器メーカーのバッファローなどがサービスを提供してきたのである。では FON はそれら従来のサービスと何が異なるのか。大きな違いはアクセスポイントの設置方法だ。
念のためアクセスポイントについて軽く触れておく。これは無線によるインターネットへの接続口のことだ。ここにパソコンなどの端末からアクセスすることでインターネットが利用できるようになる。ところが無線LANの場合、端末とアクセスポイントの接続可能距離は、そう長くはない。だから公衆無線LANのサービス業者にとってはアクセスポイントをどれだけたくさん設置できるかがユーザーにとっての利便性につながり、また他社との差別化戦略にもなる。
従来のサービスでは、ISPなどの業者が駅や街角、喫茶店、ホテルなど、人の集まりやすいところにアクセスポイントを設置し、それを契約ユーザーが利用するという方法が取られていた。ところが FON では、アクセスポイントを設置するのは業者ではなく一般ユーザーである。一般のISPを使ってブロードバンド接続をしているユーザーが、自宅に FON に対応したアクセスポイントを設置し、それを他の FON ユーザーがアクセスできるように開放するのだ。つまり、自宅のブロードバンド環境を、行きずりの第三者にも公開してしまうわけだ。
そして自宅のアクセスポイントを開放したユーザーは、他の家の FON のアクセスポイントが無料で利用できる。開放しなくても、月額料金を支払えば FON のアクセスポイントを利用できる。このように一般ユーザーのネットワークを使って、公衆無線LANを構築するのが FON なのである。アクセスポイントの設置には多大なカネがかかるが、これを利用者負担でやってしまおうというところがユニークな点である。スペインで2004年にスタートした FON は、ヨーロッパを中心にかなりの勢いで普及しつつある。
では、日本で成功するのだろうか。わたしは FON にコンセプトの面白さこそ感じるものの、将来性については疑問に思っている。その理由をこれから述べていこう。
公衆無線LANの利用率が減っている日本の事情
まず、日本の公衆無線LANはどのような状況なのかを確認してみよう。
各サービスのアクセスポイント数をまとめたのが以下の図だ。一番多いのは、バッファローが中心となって展開している「FREESPOT」だ。これは飲食店など人が集まる場所に設置されている無料のアクセスポイントだ。ほかにもソフトバンクテレコムの「BB Mobile Point」をはじめ、ライブドア、NTT系の各社がサービスを提供している。
各社の戦略によって、JRの駅に多く設置されているもの、民間の鉄道の駅に多いもの、喫茶店やホテルなどの施設に多いものと違いはあるものの、人が多く集まるところに設置されていることは共通している。もちろん各社ともアクセスポイントの強化には力を入れていて、毎年のように増加した結果、全体で約1万7000に達している。これらが FON のライバルとなるわけだ。
では、実際に公衆無線LANはどの程度利用されているのだろうか。これがなんと最近は利用率が減っているのが現実なのである。公衆無線LANの契約は増えているのに、利用者は減っているのだ。また利用している人の使用頻度を見ても、6割が「月に1回未満」で、「ほぼ毎日」というのは約6%という驚くべき低さだ。この利用頻度の低さは FON にとって大きな問題となるはずである。
なぜこれほど公衆無線LANの利用率が低いのか。それは日本ならではの特殊事情が背景にある。日本ではブロードバンド料金が安く、都市圏では常時接続が当たり前だ。となれば「わざわざ外でインターネット接続しなくても」と考えるのは当然ではある。また、どこでもパソコンを使ってインターネットにアクセスしたいというヘビーユーザーは既にエアエッジなどのPHSを使ったカードを利用している例が多い。接続速度は32kbps~256kbps(W-OAM形式なら408kbps)で、速いとはいえないが、何しろ安い。
日本のモバイルを担うのは携帯電話
もう一つ大きなポイントは、日本では携帯電話が発達していて、外出中はWebやEメールも携帯電話で事足りることが多いことだ。多くの人はパソコンに送られてきたメールなどを携帯にも転送している。だから、電車の中や喫茶店でパソコンを開く風景も、以前に比べていると減っていると感じられる。確かにホテルや空港のラウンジなどでは、パソコンを開いてデータを見る仕事もしたいので必要ではある。しかし電車や喫茶店でとなると携帯電話のほうが手軽だ。
また、ホテルのようにじっくりインターネットが利用できる場所では、有線のLANケーブルが常備されていたり、既に無線LANのサービスが提供されていたりする。昔は料金も高かったのだが、いまでは無料のところも少なくない。つまり、外出中にパソコンからインターネットを利用したいというような場所は、既にアクセスポイントが設置されているのである。日本全国至る所でユビキタス環境が整ってしまった、と言い換えてもよい。
それに対して FON の場合、アクセスポイントは個人宅が中心だ。つまり、住宅地である。そこで冷静に考えてみよう。はたして住宅地で公衆無線LANの需要はどれだけあるだろうか。もちろん自分の家の中では使うだろうが、住宅街を歩いていて、突然「今、公衆無線LANが使いたい」というケースはそれほど考えられない。だから、FON の主体となる住宅地では利用頻度が低いと思われるのだ。
スペインのように、熱狂的といっていいほどたくさんの人が加入している地域は、FON が非常に便利だと思う。またアジアでも韓国のようなブロードバンド先進国では、既に FON のアクセスポイントが約1万8000もあるという。仕事でスペインや韓国によく行く人であれば、FON に加入するメリットも高いだろう。しかし、日本国内だけの使用がメインという人にとっては FON のメリットは疑問だ。
もう一つ懸念していることがある。FON をはじめ現在の公衆無線LANは、Wi-Fiという技術を使っている。しかし、今はWiMAXという次世代型の無線LANの技術が登場しようとしているタイミングである。通信速度は最大75Mbpsとされ、基地局から数キロはカバーできる。いまさらWi-Fiでシステムを構築しようとしても、普及したころには時代後れになっている可能性が高い。下図はそのあたりの技術の、分野ごとのカバー範囲を示したものである。
そもそも一般ユーザーが自宅で契約しているインターネット環境を FON で開放するとしても、定款に違反する危険もある。多くの場合、自宅で契約しているISPでは、契約者以外の利用を禁じていることがほとんどだ。特に大手のプロバイダーはそうだ。それにもかかわらず、契約者が自宅に FON のアクセスポイントを設置して第三者に公開するというのは、問題になる可能性があるのだ。このように FON が日本で普及するには、そういう日本独特の事情を一つずつ解決していかないといけない。のんびりしていたら、時代はWiMAXに移行してしまうだろう。
わたしが FON のCEOの立場だったら、市場調査をした段階で日本参入は断念したに違いない。もしどうしても日本でサービスを展開するのであれば、無線ルーターでシェアの高いバッファローと提携して、その製品に FON の機能を埋め込んでもらうなどの対策を考えるだろう。
iPhoneの商標にこだわったアップルの先見性
その点、携帯電話の市場をよく理解していると思われるのがアップルだ。マッキントッシュやiPod が主力のアップルだが、今年1月に携帯電話事業に参入することを発表した。だがそのブランド名「iPhone」という商標に問題があった。先に商標として登録していたシスコが商標権の侵害であるとして提訴したのだ。
ところが和解に至り、結局この商標はアップルもシスコも両方が使えることになった。米国では圧倒的な支持を集めているジョブズにケンカを売ることは得策ではない、とシスコのジョン・チェンバーズに和解を勧める声もあったのだろう。とはいえシスコよりもアップルの製品の方が見栄えや使い勝手が圧倒的に上だろう。何年か経ってしまえばiPhoneはアップルのものといっていい状況になるに違いない。
なぜアップルがこの商標にこだわる必要があったのか。それはインターネットの利用者の年齢構成を見れば想像が付く。下の図を見てほしい。Web利用者の年齢構成比の年代別の推移を示したものだ。注目すべきは20歳代の推移である。年を追うごとに比率は減少し、なんと50歳代と変わらないレベルまで下がってしまっている。以前、インターネットの利用は20歳代と30歳代が牽引していたものだ。その世代が今30歳代、40歳代になり、インターネットを支えていると見ることができる。
では今の20歳代の利用率が低いのは何故か。彼らの世代は下宿に固定電話を持っていないことが珍しくない。携帯電話があればいいや、という感覚なのだ。自宅に電話回線がないので、ADSLもない。もちろんADSLは電話回線を契約していなくても利用することは可能だが、軽くWebを閲覧したりメールのやり取りをしたりする程度なら携帯電話でも充分である。どうしてもパソコンが必要な場合は学校に設置してあるものを利用するか、インターネット喫茶に行けばいい、というわけだ。
だからWeb利用という観点で調査をすると、このように20歳代がガクンと落ちることになる。それにしてもこれほど急激な落下が見られるような顕著なグラフはわたしもあまり見たことがない。
ここからジョブズがこだわる理由が見えてくる。おそらく彼は、若者にはパソコンなんて不要なのではないかと考えているのだ。そこでこれからの戦場は携帯電話と見ているのだろう。携帯電話かポータブル機器でパソコンにもなり、またiPodにもなる。1台ですべての機能を果たせる中核マシンとなる、あるいはそういう使い方をする世代が伸びてくると。
イー・モバイルも携帯市場に参入
モバイル通信がらみでは、いよいよイー・モバイルが参入したというニュースがあった。データ通信専用端末で定額サービスが開始される。端末の写真を見ると、明らかに携帯版のパソコンという感じだ。1カ月使い放題で5980円。通信速度は最大3.6Mbps(下り)というから、PHSとはレベルの違うスピードだ。同様のスピード環境は携帯電話3社も既に提供を始めているが(NTTドコモとソフトバンクモバイルは下り最大3.6Mbps、auは同2.4Mbps)、定額制とはなっていない。
ただ、こうしたサービスで狙っているユーザーセグメントは、わたしにはにわかには想像がつかない。
イー・モバイルの場合、大きな営業組織が業務系で使う専用端末を想定しているのかも知れない。むかしシャープのザウルスなどの果たしていた役割をグレードアップした感じだ。イー・モバイルは携帯電話でMVNO(仮想移動体サービス事業者)を狙っていると発表しているから、今後は大きな事業会社と組んで専用端末を出してくるかも知れない。その場合には恐らく価格はすべて個別に決定されるので個人向けの月々5980円という数字を払う人はいないだろうから、ここで心配しても始まらない。
常に戦略的にニッチを狙って動いてきた同社の今後の動きを知るには次の一手を慎重に吟味する必要があるだろう。
いずれにしても、携帯が主戦場に、という業界全体の動きは変わらない。そのなかで、わたしの分析のように FON があだ花となるのか、アップルの期待が花開くのか、イー・モバイルが個人部門を開拓できるのか、賑やかな“周辺”事情にもかかわらずNTTドコモとauの寡占がますます広がるのか、ここ一年くらいの動きがすべてを決めることになる。
大前研一(おおまえ・けんいち)氏
1943年、福岡県に生まれる。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。以来ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を務める。
世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして活躍のかたわら、グローバルな視点と大胆な発想で、活発な提言を行っている。
「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。ウォールストリート・ジャーナル紙のコントリビューティング・エディターとして、またハーバード・ビジネスレビュー誌では、経済のボーダレス化に伴う企業の国際化の問題、都市の発展を中心として広がっていく新しい地域国家の概念などについて、継続的に論文を発表している。この功績により、1987年にはイタリア大統領よりピオマンズ賞を、1995年には米国のノートルダム大学で名誉法学博士号を授与された。
英国エコノミスト誌は現代世界の思想的リーダーとして米国にはピーター・ドラッカーやトム・ピータースが、アジアには大前研一がいるが、ヨーロッパ大陸にはそれに匹敵するグールー(思想的指導者)がいない、と書いた。同誌の1993年グールー特集では世界のグールー17人の一人に、また1994年の特集では5人の中の一人として選ばれている。
1992年11月には政策市民集団「平成維新の会」を設立、その代表に就任する。
1994年7月、20年以上勤めたマッキンゼー・アンド・カンパニー・インクを退職。同年、国民の間に議論の場を作ると共に、人材発掘・育成の場として「一新塾」を設立し、2002年9月まで塾長として就任。96年には起業家養成のための学校「アタッカーズ・ビジネス・スクール」を開設、塾長に就任し現在に至る。
現在、大前・アンド・アソシエーツ、大前・ビジネス・ディベロップメンツ、ビジネスブレークスルー(BBT757)、エブリデイ・ドット・コム(EveryD.com, Inc.)、ジェネラル・サービシーズ(GSI)の創業者兼代表取締役(いずれも株式会社)を務めるかたわら、アカデミー・キャピタル・インベストメンツ(ACI)およびIDTインターナショナルの取締役、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院公共政策学部教授、オーストラリアのボンド大学の評議員(Trustee)兼客員教授。
2004年3月に韓国の梨花大学国際大学院名誉教授に、7月に高麗大学名誉客員教授に就任。ペンシルベニア大学ウォートンスクールSEIセンターのボードメンバーも兼ねている。2002年9月に中国遼寧省、および天津市の経済顧問に就任。
2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラム(ビジネスブレークスルー大学院大学)が開講、学長に就任。経営コンサルタントとしても各国で活躍しながら、日本の疲弊した政治システムの改革と真の生活者主権の国家実現のために、新しい提案・コンセプトを提供し続けている。 経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。
趣味はスキューバダイビング、スキー、オフロードバイク、クラリネットと多彩。ジャネット夫人との間に二男。
●近著『東欧チャンス ~脱中国?ニッポン人が知らない「中・東欧」の活用法~』(小学館、2005年6月16日)
『ニュービジネス活眼塾』(プレジデント社、2005年5月30日)
『The Next Global Stage』(Wharton School Publishing、2005年3月14日)
※ 大前研一のホームページ:http://www.kohmae.com
※ ビジネスブレークスルー:http://www.bbt757.com
※いや、これはなかなか勉強になります。
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